岳ーガクー

 映画「岳 ーガクー」を見に行きました。男性の主役となるのは「島崎 三歩」こと「小栗旬」が演じており、女性としての主役は「椎名 久美」こと「長澤まさみ」が演じております。どちらも個人的に好きな俳優さんで、私ぐらいの年齢になると若さに対する憧れみたいな気持ちも含まれていると思いますが、演技を見ていると自然な立ち振る舞いに魅了する自分がおります。

 少し話は、ずれるのですが、原作となるのは青年雑誌の同名作品となり、最近の映画を見ていると、と言うよりも昔からの傾向だろうか? 人気の出た漫画、あるいはドラマから発展した物語を主体としたストーリーが多くなった気がします。もっとも映画を洋画と邦画を比較すると、洋画はオリジナルシナリオ、が多く、その反面邦画は小説など他のメディア媒体からネタを拾ってくるような感じを受けます。

 もちろんすべての映画に同じ傾向が見られる訳ではありませんし、どの手法が正しいのか? と言う論争を始めたいわけでもありません。ただ他の媒体で受けたネタを映画にしたからと言って面白い作品に仕上がるという理屈は成り立たないと思います。このあたりの屁理屈を踏まえながら、映画「岳」を語ってみました。

 基本的に本格的な山登りをするわけでは有りませんので、細かい知識を持ち合わせている訳ではなく、だから取り付き難い映画に仕上がっている、と言うわけでもなく、純粋に映画の世界に引き込まれるように物語を練られているようでした。特に伏線と呼ばれる小説を書く上での独特のテクニック(知らない人は検索してね)が存分に含まれているようで、もちろん後になって伏線に気づく訳ですが、この辺りは上手に仕上げているように感じました。

 また映画の世界は小説と同様に「有り得ない世界」を自然な雰囲気の中で「有り得るかもしれない」と勘違いさせることが重要で、たとえば三歩が雪山の中を飛び跳ねながら進むことは実際の世界では難しいわけで、さらに言えばその状態を持続させることも非常に困難だと思います。ですが映画の中では自然な雰囲気で三歩が飛び回る雰囲気が出ており、この辺りは小栗旬の鍛えた身体があったからこそ出来た撮影だと思います。

 その反面、長澤まさみが演じた椎名久美の新人ぶり(映画の中での話)が初々しく感じられ、成長していく過程も存分に楽しめる作品だと思います。最初は突っ張るだけの女性なのに、山岳で起こっている事故を経験するうちに少しだけ逞しくなり、最後には自らを犠牲にしても任務を果たそうとする姿。見ていてドキドキする場面の連続です。

 さらに特徴的なのが、映画の中での季節感が挙げられます。場面は雪が深く残る春先から始まり、初夏、盛夏、秋と続き、そしてクライマックスとなる冬に移っていきます。このつながりが自然なので、見ている人には分からないでしょうが、一年を通じて撮影していたわけではなく、ある任意の季節だけを使って撮影しています。

 逆に言えば画面の使いまわしが上手に行われている訳ですが、そのあたりを探しながら映画を観賞するという事も面白さを倍増させる要因だと思います。何にせよ、見て損を感じる人は少ないと思います。確かに洋画のように潤沢な資金を基にした映画ではありませんし、巧妙なCGを使ってのトリックもほぼありません。

 だからこそ、体当たりで挑む出演者さん、裏方さんとなるスタッフさんの意気込み、滴り落ちる汗までも(実際の場面にはありませんが)感じる事が出来、彼等の呼吸、息吹までもが映画館の画面から飛び出すような、イメージでした。最近3D画像が流行っていますが、そのような小手先に頼るのではなく映画は2Dで十分、作り手の意気込みを感じるような作品を今後も期待したいです。

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